蜜のあわれ。 |
「おじさま、」
「なに。」
「あたい、おなかが急に空いちゃった。お茶一杯飲まないでいたんですもの。」
「では麩でもおあがり。」
「あたい、麩なんかぐにゃぐにゃしていや、塩からい、わかさぎの乾干(からぼし)がつっつきたいんですもの、くたびれちゃった。」
「じゃ乾干をおたべ。」
「あ、美味しい、おじさま、井戸水を汲んで来てちょうだい、柔らかい水にじっと、少時(しばらく)、かがみ込んで見たいわ。」
「よしよし、ほらおいしい井戸水だよ。」
「藻も少しいれてよ、古いのは棄てちゃって、ごわごわした生きのいいのがいいわ。」
「おじさま、いい考えがうかんだのよ、おじさんとあたいのことをね、こい人同士にして見たらどうかしら、誰も見ていないし誰も考えもしないことだもの。」
「そういう場合もあるだろうね、(中略)きみと恋仲になってもいいや、僕には美しすぎた過ぎ者かも知れないけど、瞳は大きいしお腹はデブちゃんだけれどね。」
「あたいね、おじさまのお腹のうえをちょろちょろ泳いでいってあげるし、あんよのふとももの上にも乗ってあげてもいいわ、お背中からのぼって髪の中にもぐりこんで、顔にも泳いでいって、おくちのところにしばらくとまっていてもいいのよ、そしたらおじさま、キスが出来るじゃないの、あたい、大きい眼を一杯にひらいて唇をうんとひらくわ、あたいの唇は大きいし、のめのめがあるし、ちからもあるわよ。」
赤い金魚の「あたい」と作家の「おじさま」との会話で成り立つこのお話、
ちょっととぼけておかしくて、それでいてエロティックで真理を語っていて。
殿方はいくつになっても仔猫ちゃんにふりまわされたいのでしょうか、ね。
(あ、この場合は金魚ですけどね)
『蜜のあわれ』 室生犀星 著 なかやまあきこ 写真 小学館
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