荷風さんと散歩。 |
自宅の本棚で、とある本を探していた時に、偶然隣にあった永井荷風の『濹東綺譚』(角川文庫)。
かかっていたカバーは、大学生の時に住んでいた街の本屋さんのもの。
中には線も引いてあったりして、でもなぜこんなところに?
内容も定かではありません。
ぱらぱらと読み進むうちにおもしろくなって、探していた本はそっちのけになってしまいました。
作家大江匡(作者本人と思われる)と玉の井の女お雪との交情を縦糸に、構想中の小説の主人公種田と女給すみ子とのやりとりを横軸に、さらりとした筆致で描かれる七十年前の東京。
朝顔の鉢でもたずさえて、荷風先生と下町を散歩しているような気持ちになります。
そして、男女の何気ない会話の中に感じられる、そこはかとない色香と詩情。
でも、文豪だからといって畏れることはありません。
くすりと笑える場面もあるし、作者の憤りがそのまま現代につながっている部分もあります。
他の小説も読みたくなって本屋さんを探してみましたが、『つゆのあとさき』も『腕くらべ』も絶版になっているらしく、ちくま日本文学全集の文庫も見当たりませんでした。
仕方なくAmazonの古本屋さんで買ったり、図書館で借りたり。
本というものは(流通の上では)永遠ではないのだと、改めて思いました。
以前書評や「週間ブックレビュー」でも取り上げられて気になっていた『朝寝の荷風』(持田叙子 人文書院)も借りてきて、寝る前に少しずつ読んでいます。
朝寝坊を楽しみ、朝食にはパンとショコラ、軍国主義の世の中には背を向けていた荷風。
「人より先に学位を得んとし、人より先に食を求めんとし、人より先に冨をつくろうとする。此努力が彼等の一生で、其外には何物もない」(『濹東綺譚 作後贅言』)ことを忌み嫌う荷風。
「裏町を行こう、横道を歩もう。」(『日和下駄』)と蝙蝠傘を片手に散歩にいそしむ荷風。
ku:nel読者の女の子にも、きっと共感できる部分があるかもしれません。
しかし、いくら日本文学部だったとはいえ、二十歳前後で『濹東綺譚』が分かったのかな?
覚えてないから分からなかったんだろうな。
今だったら卒論は荷風だな。
…などとあれこれ思った次第。作品と出会うタイミングは大切ですね。
勉強はしないよりした方がいいのよって、昔、森高の歌にありました…。