2008年 04月 30日
伊丹十三。 |
もうずいぶん昔の話ですが、
学生時代、小劇場の芝居が大好きでした。
学校の勉強そっちのけで、あちこちの舞台を観てまわる日々。
紀伊国屋ホールや赤テント、黒テント、
無くなってしまった渋谷のジャンジャンにも通いました。
そんな中、当時飛ぶ鳥を落とす勢いの劇作家TKさんの劇団に、
一時夢中になっていました。
その劇団は、チケット発売日などの忙しい時期に、
時々学生アルバイトを募集していて、
3日間ほど、事務所にお手伝いに行く機会がありました。
仕事が終わった後のお茶の時間、
事務所の女性たちの会話を聞くともなしに聞いていると、
「おもしろいよね。」
「うん、おもしろいねぇ、イタミジューゾー。」
「ほら、耳にバナナが詰まってる話。」
「うんうん。」
そう言って楽しそうに笑うのです。
憧れの劇作家TKさんも信頼している様子の、
その知的なお姉さまたちがおもしろいと言っていたイタミジューゾー。
直後に買いに走ったのは言うまでもありません。
これが「伊丹十三」との出会いです。
今回weekend booksでご紹介している『ヨーロッパ退屈日記』は、
伊丹十三の最初のエッセイ集。
1965年に書かれたあとがきに、
「三年ばかり前、『洋酒天国』の第五十六号に『ヨーロッパ退屈日記』という小文を書いた。それが本書の第一部『エピック嫌い』までの十数章である。」とあります。
「三年ばかり前」の彼は、まだ29歳。
ある意味、嫌味なくらいの博識さ、老成した文章、
でもってご本人は容姿端麗(役者ですからね)、びっくりするくらい絵が上手く、
英語が堪能で、ヴァイオリンなども嗜むという人。
さぞかし女子に騒がれたであろうことは、
文中にもちらほらとうかがえます。
でもまぁ、そんなのは後から知ったことで(29歳にはびっくりしましたが)、
とにかくそのおもしろさにおいては比類ないものがあります。
時々、気持ちのいいタイミングで入ってくる、話し言葉が混じった文章。
その人の口調・間合い・微妙なニュアンスまでがうまく書かれていて、
抱腹絶倒の聞き書き。
押しと引き、上品さとダメダメさのブレンド加減が絶妙なことこの上なく、
20歳そこそこの私は、「大人だなぁ」と時々ため息をつきつつ、
「耳にバナナが詰まっている話」や「スパゲッティの生る木の話」などを、
けらけらと笑いながら読んでいたのです。
長らく絶版だったエッセイですが、
少し前に新潮文庫から復刊されました。
『女たちよ!』『再び女たちよ!』『日本世間噺大系』、どれもおすすめです。
『女たちよ!』の最後に書かれた一文、「配偶者を求めております」は、
ある種の男性の夢を凝縮したような理想の女性像が描かれていて、
思わずにやりとしてしまいます。
あんたは光源氏か!
愛媛県松山市にある「伊丹十三記念館」は、
やはり今回の新着本でご紹介している中村好文さんの設計。
いつか行ってみたいなぁ。
あれから幾星霜、ファンの心に大きな疑問符を残して、
伊丹十三は遠くに行ってしまいました。
大好きだった舞台の人たちも、
今ではテレビで活躍するおなじみの顔となったり、
大学教授になっていたり。
TKさんもしばらく前に、紫綬褒章を受章していましたっけ。
weekend booksでは、エッセイ4のコーナーで『女たちよ!』の単行本を、
海外の作品1のコーナーで、伊丹訳、ウィリアム・サローヤン作の
『パパ ユーアクレイジー』を、それぞれご紹介しています。
by weekendbooks
| 2008-04-30 15:39
| こころに残るもの(本)