『団栗』。 |
先日行った公園で、娘がどんぐりを拾ってきました。
まだ緑がかった、小さなどんぐり。
寺田寅彦の随筆『団栗』(ちくま日本文学全集 文庫)は、
病床の妻の様子を淡々と綴った小品です。
ある年の暮れに血を吐いた若い妻が、身重であることも重なって、
心細く愚痴など言うのを、「邪険な返事で打ち消して」やったりしながら、
それでも少しずつ快方に向かっていくのをひそかに喜ぶ夫。
医者の許可を得て植物園に出かけたある日、
そろそろ帰ろうかという時に、団栗を見つけた妻が、
ハンケチいっぱいに集め始めます。
自分のハンケチがいっぱいになると、今度は「あなたのハンケチも貸して頂戴」と、
どこまでも無邪気な妻。
「団栗を拾って喜んだ妻も今はない。」
妻を亡くして何年かの後、「あけて六つになる忘れ形見のみつ坊」と一緒に、
再び植物園を訪れます。
「おとうさん、大きな団栗、こいもこいもこいもこいもこいもみんな大きな団栗」
「大きい団栗、ちいちゃい団栗、みぃんな利口な団栗ちゃん」と歌いながら、
無心で団栗を拾う娘に、亡き妻の面影を見出す彼。
「余はその罪のない横顔をじっと見入って、亡妻のあらゆる短所と長所、
団栗のすきな事も折鶴の上手な事も、何にも遺伝して差し支えはないが、
始めと終りの悲惨であった母の運命だけは、この児に繰返させたくないものだと、
しみじみそう思ったのである。」
しぃんと静かな一編でした。